御祭神
| 主神 | 饒速日命(にぎはやひのみこと) |
|---|---|
| 天児屋根命(あめのこやねのみこと) | |
| 素盞鳴命(すさのおのみこと) |
| 相殿 | 品陀別命(ほんだわけのみこと) |
|---|---|
| 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと) |
| 末社 | 春日稲荷神社(宇迦之御魂大神) |
|---|---|
| 春日天満宮 |
御鎮座地
大阪府藤井寺市藤井寺一丁目十九番十四号
当社は今から千五百年程前、雄略天皇の御代に創設された神社で、平安時代には官社となり、式内社として人々の尊信を集めてきた神社です。 日本書記には「雄略十三年春三月、餌香長野邑を物部目大連に賜う」とありますが、餌香長野邑は、旧藤井寺町のあたりと思われます。この地方を治めることになった物部氏は、その祖神を祀って神社をつくり、その後、辛國氏が祭祀をつとめ辛國神社と称するようになりました。 三代実録には、清和天皇「貞観九年二月二十六日河内国志紀郡辛國神社を官社に預る」とあります。元の神社は恵美坂の西南神殿にあったと思われます。室町時代(義満の頃)河内守護職畠山基国氏が社領二百石を寄進して、現在地に神社を造営し、奈良春日大社に懇請してその祭神、天児屋根命を合祀したと伝えられています。 明治四十一年、長野神社の祭神素盞鳴命を合祀して現在に至っています。 |
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辛國池と鹿
神社の境内にある辛國池にまつわる伝説です。
話の主人公は、神社にある辛國池と奈良の鹿です。
池は大昔からありましたが、今より大きな池できれいな水が湧き出ていました。
その頃、奈良の春日大社から神様がこの辛國神社に来られることになりました。
神様の道案内をしたのが、元々神様に仕えていた奈良の鹿なのです。
次の年から辛國神社の祭りに、春日大社からのお使いとして鹿が来るようになりました。
その鹿が疲れた体を休めるのに辛國池のおいしい水を飲み、足も冷やし、
元気を取り戻して再び奈良に帰って行ったそうです。
この昔話を伝えるため、当時の様子を描いた絵が代々のお社に引き継がれ残されています。
今も二百年前に建てられたお社に鹿の絵が描かれています。





